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藪にらみ時評!パワハラ防止法施行とその指針

 BERC上席研究員 星野邦夫BERC上席研究員 星野邦夫

2020年(令和2年)年6月1日、いわゆるパワハラ防止法が施行となりました。ただし中小企業は2022年4月からです。近年、社会問題として注目されて久しいパワーハラスメント。その防止のための法律がいよいよ施行となりました。
おりからのコロナ禍で、ややかすんでしまった感もないではない話題ですが、
第1章 この法律の概要とその意義
第2章 指針で示された具体的な内容と考え方
第3章 企業のとるべき対応
について私見を申し述べたいと思います。と言いますのは、企業のパワハラをマネジメントしていく立場から見ると、指針は評価できる内容と、かえって混乱を深めてしまうような内容が混在していて、一度まじめに整理してみたいと考えたからです。藪にらみ!と付けたのはそのような意味合いからです。なにとぞご容赦ください。
因みに当職は、経営倫理実践研究センターにおいて2009年より「ハラスメント研究会」を立ち上げ、以来10年以上、会員企業とともにこの問題に関わってきた研究者の一人です。

第1章 法律の概要とその意義

■ パワハラ防止を含め、包括的にハラスメントの防止措置を義務付けた

昨年の5月29日、法案成立時の正式名称は

『女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法案』
でした。「女性活躍推進とパワハラ防止は別のはずではないか」と思った人は私だけではないでしょう。法案の本文中には、どこにも「パワーハラスメント」と書かれていません。
しかし、法案を読み進めると、法律等の「等」の中に、新設のパワーハラスメント防止法が込められていることがわかります。
その法律は、正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)の一部改正」として登場します。
さらに最後まで読むと、『女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法案』とは、パワーハラスメントだけでなく、男女雇用機会均等法の適用範囲の拡大及び育児・介護休業法の一部改正による、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、育児・介護休業取得者へのハラスメントなどに対する防止措置を企業に義務付ける、包括的なハラスメント防止の為の法改正であることがわかります。それならば初めからそのように書いてくれないのかと思うのですが、一般人には分かりにくく書くと言うのがわが国の法曹界の掟のようです。なお、下線は筆者が強調の為に入れたものなのでご容赦ください。

■ 注目すべきポイントは2つ

第1は、パワーハラスメントに対し、法律上の定義が与えられたことです。パワーハラスメントとは、2001年にクオレ・シー・キューブ代表の岡田康子氏が使いはじめた和製英語ですが、これまでは法律上の定義がないために、なかなか議論がかみ合いませんでした。法律上の定義は、
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要でかつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」(労働施策総合推進法第30条の2より)
となりました。そして、いわゆる「パワハラ問題」を略して「優越的言動問題」とする記述もみられます(第30条の3)。
第2に注目すべきは、「優越的言動問題」の防止と解決に向けて、国、事業主、労働者それぞれの責務が定められたことです。「企業に防止措置を義務付けただけの法律だ」という報道もありましたが、国や労働者の責務も定めています。以下、三者それぞれの責務についてポイントをみていきましょう。

■ パワーハラスメント対策が事業主の措置義務に

1) 事業主は、(前述の定義)のないよう、労働者からの相談に応じ、必要な体制の整備その他の雇用管理上の措置を講じなくてはならない。(第30条の2より)
➡まず相談体制の整備を言っていますが、その他雇用管理上の措置については説明がありません。
2) 事業主は、労働者が相談を行ったこと又は相談に協力した際に事実を述べたことを理由として、解雇その他の不利益な取り扱いをしてはならない。(第30条の2の2より)
➡解雇の禁止が明記されました。しかしその他の不利益な取り扱いの説明はありません。
3) 事業主は、労働者の関心と理解を深めるために、研修を実施しなければならない。(第30条の3の2より)
➡やや唐突ですが、いかに研修を重視しているかがうかがわれます。
4) 事業主はその役員も含め、優越的言動問題に対する理解と関心を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。(第30条の3の3より)
➡先ず経営者・役員に対して意識改革を促しています。

■ 国は紛争の調停役に

1)国は、優越的言動問題に関して、事業主や国民への理解を深めるため、広報活動、啓発活動、その他の措置を講ずるように努めなければならない(第30条の3より)。 2)国(厚生労働大臣)は、事業主が講ずべき措置等について、必要な指針を定める(30条の2の3)。
➡具体的な措置内容については指針を見てくださいと言っています。これでやっと安心しました。
3)都道府県労働局長(国)は、労働者と事業主との間の紛争が発生しに関し、当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、必要な助言、指導又は勧告をすることができる(30条の5より)。さらに都道府県労働局長(国)は、当事者の双方又は一方から調停の申請があり、その必要性を認めた場合、紛争調整委員会に調停を行わせるものとする(第36条の6より)。
➡ここは重要です。当事者の一方からでも求めがあれば、労働局長は指導や勧告に動き、調停を行うことができると明記されました。社内対応に不満を持った当事者が、費用の高額な裁判によらずとも、第三者による調停を求めることができるのです。しかし、厚労省管轄の総合労働相談コーナーに寄せられる相談件数は年間約8万件以上、調停に対応するだけの裏付けがあるのか気になります。『持続化給付金』のように、制度はあるがなかなか機能しないようなことにならないように祈ります。

■ 従業員も言動に注意しましょう

1)労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に注意を払うとともに、事業主の講ずる措置に協力するように努めなければならない。(第30条の3の4より)
➡そうです。従業員も、他の従業員に対する言動に注意を払わなければなりません。

以上がパワーハラスメント防止法の概要です。ごらんのとおり大変ザックリとした法律です。これを読んだ皆さんで「なるほどよく分かった」という人はあまりいないでしょう。「詳しい説明は指針で明らかにします」と予防線を張っているので、これ以上突っ込みようがありません。
参考:http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/198/pdf/s0801980381980.pdf
(法案の原文:参議院ホームページ令和元年6月5日より)

第2章 指針で示された具体的な内容と考え方

2020年1月15日に指針が公表されました。当初は年内にもと言われていた指針が年を越えてしまったのは、経営側と労働側の意見対立が相当厳しく、その結果取りまとめが難航したのではないかというメディアの観測記事もありました。
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
(指針の全文)
そのタイトルは

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

とあります。筆者は先ず驚いたのは、冒頭の厚労省加藤大臣の指針公示文は、縦書きで書かれていて、指針の本文になると横書きに代わります。ページを改めることなく同じページ内で、そうなっているのです。企業の公式文書でこのようなことはありえないことです。行政文書の古き奇妙な慣行なのでしょうか。
※ 以降、分かりやすくするため、ここからは指針本文は黒字で表記して線で囲みます。筆者の解説は青字で表記します。

1 はじめに
この指針は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号。以下「法」という。) 第30条の2第1項及び第2項に規定する事業主が職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること( 以下「職場におけるパワーハラスメント」という。) のないよう雇用管理上講ずべき措置等について、同条第3項の規定に基づき事業主が適切かつ有効な実施を図るために必要な事項について定めたものである。
ここで初めてこの法律がパワーハラスメントのことを言っているのだと言うことが分かります。カッコつきでもいいから何故最初から法律にも書いておいてくれないのかと思ってしまいます。そういえば、セクシャルハラスメントの防止の法律も、マタニティハラスメント防止の法律も、同様にセクハラとかマタハラとか法律には書かれていませんでした。

2.パワーハラスメントの内容について
(1) 職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。
全くその通りですが、この定義は実はちょっと罪深い定義でしょう。
例えば①と③は該当だが②は該当せずという場合、あるいは①と③は該当だが②は該当せずといった場合、それらはパワハラではないことになります。だからいいのだとなりはしないでしょうか?
つまりこんな事例です(①と②に該当するが③は該当しない場合)。
ある部下に非常にきついノルマを課しておいて、でも物腰は柔らかく、君の成長のためだからねと優しく言い続けたとしましょう。その部下は遂にうつ病になり自殺してしまいました。周りの人にヒアリングをすると、上司の態度は節度があり、言葉を荒げることはなかったと証言しました。3要素のすべてを満たしてなかったらパワハラにならないとする定義は、このようなことになりかねないのです。「3要件のすべてを満たしていなくても不適切なところは是正されなくてはならない」という企業の常識が抜けていますそもそも、パワハラかパワハラでないかを2者択一で見ようとする見解に無理があり、企業のマネジメントの立場からも効率的ではないと筆者は考えています。

(2) 「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、「職場」に含まれる
ここも、業務遂行の場でなければパワハラにはならないと言う抜け道を作りかねません。例えば、居酒屋など私的な飲み会で上司が部下をいじめるのはパワハラではないということになります。

(3) 「労働者」とは、いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てをいう。
また、派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける者についても、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律( 昭和60 年法律第88号) 第47条の4の規定により、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者を雇用する事業主とみなされ、法第30条の2第1項及び第30条の3第2項の規定が適用されることから、労働者派遣の役務の提供を受ける者は、派遣労働者についてもその雇用する労働者と同様に、3(1)の配慮及び4の措置を講ずることが必要である。
ここはその通りでしょう。正社員から非正規社員へのパワハラはパワハラ全体の11%という厚労省の外郭団体のアンケート結果があります。ただし、就活生に対するパワハラや顧客から受けるパワハラ(いわゆるカスタマーハラスメント)への言及は全くありません。

(4) 「優越的な関係を背景とした」言動とは、当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
・職務上の地位が上位の者による言動
・同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの。
ここは内容について異論はありませんが、いきなり例えば以下のもの等が含まれるというような表現が出てくるのはちょっと変に感じませんか。
有識者会議の中の議論では、①会社における上下関係 ②正社員から非正規社員へ ③先輩から後輩へ ④知識やスキルなどの優位性 などと代表的なパターンを示していました。これに対応するアンケートデータも厚労省は公表しています。ここで何故使わなかったのでしょう。いきなり「例えば以下のものが含まれる」などと言うと、代表例なのか補足的な例なのか、ウェート付けが全然わかりません。

(5) 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指し、例えば、以下のもの等が含まれる。
・業務上明らかに必要性のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
この判断に当たっては、様々な要素( 当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等) を総合的に考慮することが適当である。また、その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要である。
ここにはきわめて重要なことが3つ書かれています。
■ 第1に、前項と同じく「例えば、以下のもの等が含まれる。」というちょっと引いた言い方は、代表例なのか補足的な例なのか、ウェート付けがわかりません。
パワハラ問題と10数年関わってきた筆者としては、
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、「パワーハラスメントの6類型」が代表的なものですと書いてくれないと困ります。何故なら「パワーハラスメントの6類型」は2011年から2012年にかけて開催された『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議』(最初の有識者会議)の最大の成果の一つであり、労働側・経営側・専門家が同意した統一基準です。6類型は現在まで企業において行われているパワハラ防止研修の根幹をなしてきたものです。
今回ここでそれを言わないと言うならその説明がいるはずですが、説明はありません。さらになんとちぐはぐなことに、「パワハラの6類型」については本項目との関係性を示さず、項目(7)のところで取り上げています。それもパワハラの6類型それぞれについて、該当する例、該当しない例として最大限の分量を割いて詳しく事例を列挙しています。この指針をまとめた技官はどういう文書規律をお持ちの方なのか、首をひねってしまうのは筆者ばかりでしょうか。スミマセンつい脱線してしまいました。
■ 第2に重要なのは下線を引いた部分
「・・・・・を総合的に考慮することが適当である。」のくだりです。ここは経営側と労働側の熾烈な綱引きがあり、最終的に経営側の主張に沿ったものとなったとメディアは解説しています。
労働側は「クズ」とか「給料泥棒」、「首だ」など一回でも言ったらアウトの言葉があることを盛り込むべきだと主張したことに対し、経営側は業態や企業文化、職場の人間関係などによって同じ言葉でも受け止め方が違ってくるので柔軟に対応すべきであると譲らなかったと聞きます。
■ 第3に、「
個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要である」の下りは、上司がたびたび注意しても態度を改めない部下に対して、きつく叱責するのは仕方がない。いわゆる過失相殺的な考え方を是としているところです。厳しい叱責も合理性のある範囲であれば有効と認めた点は過去の裁判例などに従うものであり、間違ってはないでしょう。ただし、これによって基準らしい基準が見えにくくなってしまったともいえるのではないでしょうか。

(6) 「労働者の就業環境が害される」とは、当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当 該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。
ここは今回の指針の中でも最も罪深い記述ではないかと思います。何故なら、平均的労働者の感じ方を基準とすると言いきってしまうと、ストレスを感じやすい、過敏な人は除外されてしまいます。業務上のストレスでうつ状態になっている人に対し「彼女はちょっと過敏だからね。上司の言動は別段問題ないよ」とならざるを得ません。
何故こんなことになったのでしょう。実は男女雇用機会均等法の改定に関する「セクシュアルハラスメント防止の為の指針」の中で、セクハラかどうかの判断基準に関して「
男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮すると、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、・・・・」という記述に合わせたということです。
今回の立法化の下地となった『職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会』(2度目の有識者会議)の報告書(H30年3月)を見ると、個別ケースを慎重に吟味して判断するべきだという意見と、それでは基準にならないから「平均的な労働者の感じ方」を基準にすべきだと言う意見が両論併記になっていました。パワハラ紛争とは業務関連パワーと人権パワーのジレンマとして紛争が生ずるものですが、セクハラにはこのようなジレンマはありません。ですから、セクハラ指針に習った形式的な基準を採用されたことに首をひねってしまいます。おそらく今後起きてくるパワハラ裁判の中で、この判断基準の瑕疵が浮き彫りにされることでしょう。
実際は、事業者は、平均から外れた(ストレスに過敏な)労働者であってもその労働者の健康と安全を守らなくてはなりません。労働安全衛生法(刑事罰もあり)と労働契約法第5条(損害賠償)がそれです。
最高裁判例があります。「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」(電通社員自殺事件、最高裁平成12年3月24日判決)を例示しておかないと、おかしなことになります。 そう思って先を読んでいくと、言い訳がましい記述が(7)に出てきます。

(7)・・・・個別の事案の判断に際しては、相談窓口の担当者等がこうした事項に十分留意し、相談を行った労働者( 以下「相談者」という。)の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、相談者及び行為者の双方から丁寧に事実確認等を行うことも重要である
(6)で「平均的な労働者の感じ方を基準として」と言いきっておきながら、ここでは「相談者の心身の状況など個別状況にも配慮して」と言っています。結局はすべからく玉虫色で泥縄式なのです。当事者(被行為者)に対しては個別に受け止めの状況を把握し、一方周りの人や職場環境に対する影響という点では平均的な労働者の感じ方を基準とするとしておけば、誰もが納得できたはずです。
(7)は今回の指針のハイライト中のハイライトです。パワハラの6類型に沿って多数の事例を挙げ、パワハラに該当するかしないかを断定しています。ここは個別企業の研修にも使える事例が多数あります。大いに利用しましょう。何せ、労働側、経営側、専門家が同意した共通認識で、厚労省のお墨付きです。

(7)の続き
身体的な攻撃(暴行・傷害)
(イ) 該当すると考えられる例
 ①殴打、足蹴りを行うこと。
 ②相手に物を投げつけること。
(ロ) 該当しないと考えられる例
 ①誤ってぶつかること。

精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
(イ) 該当すると考えられる例
 ①人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
 ②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
 ③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
 ④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
(ロ) 該当しないと考えられる例
 ①遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
 ②その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。

ハ 人間関係からの切り離し( 隔離・仲間外し・無視)
(イ) 該当すると考えられる例
 ①自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
 ②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
(ロ) 該当しないと考えられる例
 ①新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
 ②懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

ニ 過大な要求( 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
(イ) 該当すると考えられる例
 ①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
 ②新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
 ③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
(ロ) 該当しないと考えられる例
 ①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
 ②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

ホ 過小な要求( 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
(イ) 該当すると考えられる例
 ①管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
 ②気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
(ロ) 該当しないと考えられる例
 ①労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

へ 個の侵害( 私的なことに過度に立ち入ること)
(イ) 該当すると考えられる例
 ①労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
 ②労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
(ロ) 該当しないと考えられる例
 ①労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
 ②労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。
内容についてほぼ異論はないと思います。ただし、イ―(イ)―①というような読みにくい表記階層区分は企業では叱られると思います。また「労働者の性的指向・性自認」が何故3度も特筆されているのか、ちょっと奇異な印象を禁じえません。

3 事業主等の責務(1) 事業主の責務
法第30条の3第2項の規定により、事業主は、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならないことその他職場におけるパワーハラスメントに起因する問題( 以下「パワーハラスメント問題」という。) に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者( 他の事業主が雇用する労働者及び求職者を含む。)に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
2.パワーハラスメントの内容についての(3)の項でこの法律が適用となる「労働者」について就活生のことは全く触れてなかったのに、ここで追加するあたりが泥縄式です。

4.事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関し雇用管理上講ずべき措置の内容
ここでは会社が取るべき措置について非常に具体的なことが9頁にわたって書かれています。ただしその書き方には、相当問題があると思います。
職場におけるパワーハラスメントの防止の効果を高めるため、その発生の原因や背景について労働者の理解を深めることが重要である。その際、職場におけるパワーハラスメントの発生の原因や背景には、労働者同士のコミュニケーションの希薄化などの職場環境の問題もあると考えられる。
職場におけるパワーハラスメントの発生の原因や背景についてのきちんとした説明がないまま、もあるというくだりはどういうことでしょう。2度の有識者会議では原因と背景について熱心な議論があり、それなりのコンセンサスがあったのに、その成果を全く記載していません。
さらに
労働者に周知・啓発していると認められる例という具合にいきなり事例紹介です。これでは曖昧で遠慮した表現になってしまいます。「最低限これだけはやりなさい」と言ってもらわないと企業は困ってしまいます。権威のあるべき指針の文書作法としてはいかがなものかと思います。
スミマセン、内容に戻ります。この項は詳細に説明したあまり冗長な記述になっているので、僭越ながら筆者が短くまとめてみました。間違いや瑕疵があるかもしれないので賢明なる企業の皆様は是非原文を確認してください。

① パワーハラスメント禁止の方針を会社の方針として周知しましょう
・パワーハラスメントをしてはならないことは会社の方針であると明記し、従業員に周知する。特に経営者と経営幹部の意識改革が必要。
・社内報、パンフレット、ホームページなどで周知。
② パワーハラスメント禁止の方針を就業規則や服務規律に盛り込み、懲戒規程にも入れましょう
・前記方針を就業規則や服務規律に盛り込み、従わない者は懲戒する旨の規則を作る。
・パワーハラスメント防止の為の研修・講習を行う。
③ 相談窓口を設置して適正な運営をしましょう
・相談窓口を設置し、パワーハラスメントに関する相談に応じる。
・相談窓口は社外機関に委託するのも良い。
・相談窓口は人事部など関連部署と連携をとること。
・相談窓口担当が適切に対応できるよう、マニュアルを整備し、必要な研修を行う。
④ 問題発生時の対応部署の心得
・迅速で正確な事実確認のため、対応部署は行為者、被行為者の双方から事情を聴く。その際、相談者の心身の状況や受け止め方に十分配慮する。
・情報が十分に取れない場合もあるので、必要に応じ第三者にも事情聴取をする。
⑤ パワーハラスメントが確認できなかった場合
事実確認ができなかった場合は、法第30条の6に基づき、調停を申請するなど、中立的な第三者機関に紛争処理を委ねる。
⑥ パワーハラスメントが確認できた場合
・被行為者(被害者)に対し配慮の措置を取る。具体的には、被害者の行為者からの引き離し(配置転換など)、パワーハラスメント行為者の懲戒、行為者の謝罪等。
⑦ 再発防止策
・行為者の意識啓発のための研修・講習。
⑧ 相談者・行為者のプライバシーの保護に注意しましょう
・プライバシー保護のためのマニュアルの整備。
・相談窓口担当者のための研修・講習。
・相談窓口は相談者・行為者のプライバシーを守りながら対応する旨を社内に周知。
⑨ 相談したことで解雇等の不利益な取り扱いはしません
・就業規則等に規定し、従業員に周知啓発する。
・社内報、パンフレット、ホームページ等で周知する。
ここで、下線を引いた⑤と⑨の2項目について補足説明をしなければなりません。 先ず、⑤で、「事実確認ができなかった場合は、法第30条の6に基づき、調停を申請するなど、中立的な第三者機関に紛争処理を委ねる」とありますが、これはマストではありません。「なるべくそうしてください」という程度のものです。何故なら、この法律には罰則がなく、企業に措置を要請しただけのものです。勿論、事実確認ができなかったと言って会社が放置していたら、被害者が労働局に訴え出て、その結果「紛争調整委員会」に送られることはあるでしょう。
次に、⑨についてです。「不利益な取り扱いの禁止」は、その内容をめぐってたびたび裁判になってきた悩ましい事柄です。解雇はもちろん禁止ですが、等となると曖昧さが一気に広がります。実際には相談した後に「配置転換された」、「業績評価が最低になった」、「懇親会に呼ばれなくなった」などいろいろなバリエーションがあります。「不利益な取り扱い」を巡って社員と会社の紛争が泥沼化した例として、オリンパス社員パワハラ事件(2012年6月28日最高裁)を思い出します。本項目こそ、判例を踏まえた事例を列挙すべきところでしょう。 因みに男女雇用機会均等法第9条3項については指針の中で「育児休業等の申出・取得等を理由とする不利益取扱いの例」として12の具体例を例示しています。

5 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関し行うことが望ましい取組の内容
ここでは、パワーハラスメントは他のハラスメントとの関連性があるので、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、育児介護休業取得者に対するハラスメントなどの相談窓口と関連付け、一元化して設けるのが望ましいとしています。
加えて、労働者個人のコミュニケーション能力の向上の取組、労働組合の協力をえること、アンケート調査や意見交換等の実施などを挙げています。望ましい取組なので法的な意味や拘束力は全くありません。

6 事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組の内容
ここでは、仕入れ先など他社の社員や個人事業主などに対するパワハラ、またインターンシップを含む就活生に対するパワハラなどに注意を喚起しています。しかし本法律の適用範囲は自社の社員と派遣社員など自社の管理下にある労働者です。それ以外には言及していません。ですから望ましい取組と言い、控えめに要請しているのです。

7 事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容
ここでは、取引先からのハラスメントと顧客からのハラスメント(いわゆるカスタマーハラスメント)について事業主として望ましい取り組みを推奨しています。しかし、本法律、労働施策総合推進法第30条のどこにもそんなことは書いてありません。
実はこれも有識者会議では議論があったところですが、本法律の範囲からは除外されました。こちらも望ましい取組と言い訳がましく付け加えたとしか見えません。

第3章 企業のとるべき対応は
以上みてきたように、指針の前向きな意図は評価するとしても、その完成度はかなり問題があると言わざるを得ません。「ねばならないこと」と「望ましいこと」が階層づけられないまま、あれもこれもとてんこ盛りにされています。
そこで、企業としてとるべき対応は、第1に、法律が指定した「ねばならないこと」を先ずやり、第2に自社のマネジメントとの関係で指針の中の「有効と思われる施策」を取捨選択的に取り入れ、第3に、自社の事業特性や企業文化を考慮した独自の施策や基準を追加して行くことです。
第1に来るものとして、①パワハラ防止法の施行によって、企業には防止の措置義務ができたことの周知。②指針2の(1)にある「パワハラの法的定義」の周知。③措置の具体的内容として、指針4に示された「事業主が雇用管理上講ずべき措置の内容」を周知します。その中でも悪質なパワハラは会社として懲戒する旨、就業規則や懲戒規程を改訂したこと。相談窓口の存在と公正な運営などを十分周知することです。
第2としては、指針の2.(7)で示された「パワーハラスメントの内容について」の事例集の周知がいいと思います。
第3としては、各社いろいろあると思います。小売業ならば、いかにして顧客からのカスタマーハラスメントを防ぐかの方策や体制。多くの仕入れ先や下請けを持つ大企業であれば、下請けの社員や、子会社社員に対する本社社員の対応に対する注意や規律を盛り込まなくてはならないでしょう。

■「パワハラの本質は何か」に立ち返る
今日深刻な社会問題としてクローズアップされているパワーハラスメントですが、因みに本稿執筆中(7月1日)に公表された厚労省管轄の『総合労働相談コーナー』に寄せられた民事的労働相談件数で、カテゴリー別トップは8年連続で「いじめ・嫌がらせ」でした。87,570件(昨対5.8%増)と、とどまるところを知りません。
しかし、パワハラが急に増えたわけではありません。パワハラは以前からあったけれども、「許しがたい行為」として異議をとなえる人が多くなってきたと解すべきです。今世紀に入り企業経営の中でCSR(社会的責任)が標ぼうされるようになり、それに連れて労働現場における人権意識が高まってきたことと深く関係しています。一方、長引く経済の停滞・低成長の中で、業務上の圧力が増加していること。その結果社員間のあつれきやストレスがきつくなっていることが背景にあります。
あらためて、パワーハラスメントの本質ですが、この言葉を発明した岡田康子氏の2011年当時の定義をみるとよく分かります。

職務上の地位または職場内の優位性を背景に、本来の業務の適正な範囲を超えて、継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行うことにより、就労者に身体的・精神的苦痛を与え、就労者の働く環境を悪化させる行為 (出所:2010年?クオレ・シー・キューブ改訂版)
つまり職務権限の遂行と人格権をはじめとする人権はジレンマになっていて、適正な範囲を超えるとハラスメントとなり、就労者に心身の苦痛を与え、さらに労働環境を悪化させるということです。岡田康子氏の定義には下線を引いた人格と尊厳を侵害する言動を行うことという本質が刷り込まれていたのに、2度の有識者会議と厚労省のお役人の手を経た結果、ここが法律の定義から抜けてしまいました。その結果本質が見えにくくなっています。

■「職務権限の遂行」と「人権の尊重」を両立させる
指針を見ると、パワハラと指導の線引きにあまりにも固執し過ぎているように思います。繰り返しますが、パワハラと指導の間には微妙なグレーゾーンが広範囲に存在しているのが事実で、決して簡単に二者択一で判定できるものではありません。
CSR経営、さらにはESG経営の時代となった現在、「人権はあらゆる労働現場において守られなくてはならない」ことは経営の大原則になってきました。一方、正当な「職務権限の遂行」はコーポレートガバナンスの源泉でもあります。
「職務権限の遂行」と「人権の尊重」はどちらも大切です。そこで「職務権限の遂行」と「人権の尊重」を両立させると考えると一気に視界が晴れてきます。では、両立させるとは具体的にどういうことでしょうか。

「職務権限の遂行」において人権侵害があってはならない。つまり、職務権限の遂行においては人格と尊厳を傷つけない配慮が必要です。
一方「人権の尊重」は大切だが、それによって「職務権限の遂行」がおろそかになってはならない。つまり、上司は嫌われても命令しなくてはならないことがあり得るし、部下は、業務命令が合理性を欠いてないかぎり、命令には従わなくてはならなりません(もちろん議論で一致するのがベストですが)。
そうです。落としどころはここです。概念図に示すと以下のようになります。

ここで、パワーハラスメントの法律上の定義を思い出してください。

職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」(労働施策総合推進法第30条の2より)

業務上必要かつ相当な範囲とは、上図の重なり合っている部分でもあるわけです。
社員教育でこの基本の基をしっかり叩き込んでおけば、微妙で疲れる線引き論争の不毛さから脱却できます。
つい長くなってしまいましたが、これを申し上げて本稿を終了させていただきます。

最後までお付き合いいただいた方には心から感謝いたします。なお、ご意見やご質問がございましたら、経営倫理実践研究センターの当職までお知らせください。
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